まるでプロ・ボクサーのような面構えだ。強い意志 を感じさせるその眼光が、写真からでも相手を射抜く。
ジャズ・ベーシスト中村照夫の1976年のアルバム『Rising Sun』に付属のブックレットにあるポートレイトを見た時の印象である。

当時のアメリカ映画に出てくるタフ・ガイたち、たとえばチャールズ・ブロンソンや バート・レイノルズをイメージさせると言ってもいい。
その頃の中村は34才くらいだと思うが、顔の造形自体は古風な日本男児そのもので、武骨とも言える匂いが漂う。
でも、それは狭い島国に住む農耕民族の匂いではなく、広大な大陸を駆ける騎馬民族を感じさせる。

海外旅行が自由化された1964年、大学を中退して22才で単身アメリカに渡った中村には約束された未来や保障された生活などはなく、安らぎを与えてくれる同胞 や逃げ込む場所もなかった。
小田実の『何でも見てやろう』のごとく最初はふらっとニューヨークに来てしまった中村だが、そこで暮らすうちにいつの間にかジャズの世界に入りこんでいく。
しかし、周りには日本人ミュージシャンはおろか、日本人さえほとんどいない。
先達がいなければひとりで道を切り開いていくしかない。

世界でもっとも生存競争の激しいニューヨークで、しかもジャズのような食っていけるかどうかさえわからない世界で生きていくうちに、人は自然とこうした顔つきになっていくのだろうか。


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小川充