JAZZ、中村照夫

JAZZ、中村照夫について

JAZZ界の巨匠

JAZZ界の巨匠

投稿日:2017年4月30日 更新日:

JAZZ界の巨匠

JAZZ界にも巨匠と呼ばれるミュージシャンは多く存在しますが、それは例えば、技術的な才能が一定のレベル以上に達したものではなく、音の個性が傑出したものが、その演奏により表現され続ける、一つの流れみたいなものだと思います。

源流から流れてきた水が、枝わかれし、川になる。川は自然と賑わい、生命を潤わせるように、巨匠と呼ばれる存在は、JAZZ界を潤わせ、発展させてきました。

突出した個性の分だけ川の流れは存在し、枝わかれし、また新たな流れを作る。JAZZの歴史は途絶えることのなく受け継がれる、巨匠達の流れにより、未来永劫続いていくでしょう。

 

マイルス・デイヴィス

言わずと知れた、JAZZジャイアント。JAZZ界の巨匠と聞いて、まず真っ先に思い浮かぶ名ではないでしょうか。革命的ともいえる、数々の演奏を残し、その音楽とカリスマ性で常にシーンを引っ張っていく姿は、JAZZの帝王と称されるほどでした。

マイルス・デューイ・デイヴィス三世は、1926年5月26日、アメリカはイリノイ州生まれのトランぺッター。

チャーリー・パーカーらの先人達にフックアップされ、JAZZマンとしての地位を築いていきますが、現状に満足しない向上心と、自分だけの音を世に示したい我の強さで、次々と新しいスタイルを提示し、飛ぶ鳥を落とす勢いで時代の寵児となります。

特に当時の主流であったビバップの手法を打ち破るモードの概念は、JAZZの可能性を飛躍的に向上させ、JAZZは自由たるべきその姿を、見事に証明するものとしました。

一時はドラッグに溺れながらも、復活し、その生涯を終えるまでJAZZミュージシャンであり続けた彼は、JAZZそのものであったといえるでしょう。

 

ジョン・コルトレーン

JAZZテナーサックス奏者といえばこの人。他にもソプラノサックスやフルートなどの楽器を用い、ただひたすらに音を出し続ける様は、職人的な趣があります。

まるで音の洪水のように、とめどなく溢れるフレーズは、彼の内面を全てさらけ出すような表現となり、聴けば聴くほど惹きつけられ、心地よい、ちょっとしたトランス状態をも引き起こさせてくれます。

遅咲きで有名で、第一線で活躍した期間は10年程度と短いものでしたが、数々の名演奏、名盤を残し、巨匠の名に恥じない歴史を残してきました。

コルトレーン特有のシーツオブサウンドと呼ばれる、音をめいっぱい床に敷き詰めたような、速いパッセージのフレージングが余すところなく体感できる「ジャイアント・ステップス」。ソプラノサックスを用い、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の劇中歌を、3拍子のリズムでアレンジした「マイ・フェイバリット・シングス」。フリージャズへの傾倒を匂わせ始めた「至上の愛」。

音楽に対するストイックな姿勢とその記録は、いまだに強烈なカリスマ性を放ち続けています。

 

山下 洋輔

日本が誇るJAZZの巨匠といえば、ピアニスト山下 洋輔ではないでしょうか。

静と動を兼ね備えた、大胆な和音とフレージングは、JAZZを知り尽くした達人のなせる業。

高度な技術と強靭なメンタルは、戦後の日本のJAZZ界を支え続けてきた、国宝級のJAZZマン像であり、また、そんな大げさな肩書きは不要といわんばかりの、おおらかで、明るい人柄はJAZZファンのみならず、多くのミュージシャンに支持されています。また、メディアへの露出も多く、JAZZに縁がなくても、ご存知の方は多いかと思われます。

エッセイや小説なども手掛ける多才さと、バイタリティーは、今後も多くのフォロワーを生み続けていくでしょう。

山下 洋輔(やましたようすけ)1942年生まれの日本のJAZZピアニスト、作曲家、作家。

JAZZ界の巨匠

巨匠と呼びたい、巨匠と呼ぶべきJAZZマンは、数多く存在します。実績や人気がないだけで、日の目を見ないままの、突出した個性や技術は、やがて忘れ去られるだけですが、その時代の大きな流れを形作る、小さな流れの一つであることは間違いないでしょう。

巨匠と呼ばれる存在は、出ては消える無数の音により、成り立っていると思います。

-JAZZ界の巨匠

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